#12  「地域の宝」農業用水を活かした、全世帯参加の発電プロジェクト!
–岐阜県・石徹白集落の小水力発電– [後編]

◆エネルギープロジェクトが、地域全体の取り組みへ

そして2014年からは、冒頭に触れた集落の全世帯が出資する発電プロジェクトが始まりました。この事業は、平野さんや地元NPOなどエネルギーに関心のある一部の人が中心になっているわけではありません。

きっかけとなったのは、岐阜県が石徹白の農業用水を使った水力発電所の建設計画を立ち上げたことでした。石徹白で発電した電力を売電して、収益を県と市が手に入れる計画だったのです。しかし、石徹白は単独の自治体ではないので、地元の集落にはメリットがほとんどありませんでした。


毎年二回、集落の住人が集まって農業用水路の清掃が行われている。(提供:平野彰秀)

石徹白の自治会からは、地域が守り育てて来た農業用水を、地域のために使いたいという意見が出ます。そして自治会内や、県との話し合いを重ね、行政がつくる発電所とは別に、石徹白住民が一部出資して、地域のための発電所をもう一つ作ることになったというわけです。

県の設備(出力63kW)は、2015年5月に完成してすでに稼動が始まっています。来年はいよいよ地元の設備もできるということになります。建設にあたって自治会が苦労したのは、建設資金の調達と、集落に暮らす全員の合意を取りつけることでした。総事業費の75%は、県と市が条件付きで補助してくれることになりましたが、残り6000万円だって、小さな集落が負担するのは大変なことです。


2015年に県が設置した小水力発電所の発電機。メンテナンスは集落に委託されている。(撮影:上野祥法)

◆危機の時こそ伝統を

自治会は、水力発電を建設、運営するために「農業協同組合(農協)」を設立して、全世帯に参加してもらう仕組みを作りました。そして組合が事業の中心となり、集落の全世帯から合計で800万円の出資金(その後、追加出資もあり現在ではさらに増えています)を集めました。全世帯、一口1万円を出資して多い人は100万円近く出した人もいます。残りの資金は組合の理事が保証人となり、銀行から融資を受けました。


自治会長の上村源吾さん(撮影:上野祥法)

小さな集落といっても、全員の意見をまとめるのは、簡単な事ではありません。しかも6000万円の出資ともなれば、「小さな集落がそこまでリスクを負う必要があるのか?」という意見が出てきても当然です。その調整役になったのは、自治会長であり、新たに設立された農業組合の組合長も兼ねた上村源悟さん(65歳)でした。

長年、石徹白で唯一の郵便局の局長をしてきた上村さんは、衰退していく集落を何とかできないかと思っていました。「こんなに雪深い集落でも、住民同士が協力して来たからこそ歴史が続いて来ました。農業用水をひいてきた明治時代の人たちもそうだし、仕事がないとなれば地元出資で建設会社やスキー場をつくったこともあります。そのような取り組みは最近は減ってきましたが、集落が危機にある今こそ、石徹白が一丸となってプロジェクトを進めることに意義があると思いました」。

上村さんは、「若い人たちが残りたくなるような魅力ある環境を作るために、エネルギーを手段として利用したいと思っています」と語ります。その決断を支える背景には、平野さんや地元NPOが積み上げてきた水力発電の取り組みが地域に効果をもたらしてきたという実績があるはずです。


トウモロコシ畑にて(提供:平野彰秀)

上村さんは、「設備が稼動してからが本当の勝負だ」と言います。売電収益が入ったときに、全員が納得する形で地域還元をするというのは、簡単なことではありません。それでもこの小さな山間の限界集落が、地域資源を活かして自らの出資で自立への道を切り開いた意義はとても大きいはずです。この石徹白の取り組みは、「地域でエネルギーに取り組むこと」が、単に発電容量を競うものではなく、地域の人たちがどれだけ地域の未来を見据えて行動できるのか、ということなのだと教えてくれているようです。

■石徹白公式ホームページ
http://itoshiro.net/
■高橋真樹の全国ご当地エネルギーリポート
http://ameblo.jp/enekeireport
■高橋真樹の新刊
『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/4005007953


文:高橋真樹(たかはしまさき)
ノンフィクションライター。「持続可能な社会」をテーマに、世界と日本各地をめぐり発信を続ける。著書に『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)『自然エネルギー革命をはじめよう~地域でつくるみんなの電力』(大月書店)、『観光コースでないハワイ』(高文研)など多数。ブログ「高橋真樹の全国ご当地エネルギーリポート!」(http://ameblo.jp/enekeireport/)では、各地のエネルギーシフトの最新の取り組みを伝えている。

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