#09 「温泉発電」で地域を温泉街を活性化!長崎県・小浜温泉エネルギー
はじめまして。全国をめぐって地域ベースの自然エネルギーについて取材している高橋真樹(ノンフィクションライター)と申します。皆さんご承知の通り、ここ数年で太陽光発電などの設備は日本中に急速に増えました。その量は、原発4基分以上にもなっています。
小浜温泉エネルギーの温泉発電所(提供:小浜温泉エネルギー)
しかし、単に地方に自然エネルギー設備を増やすだけでは、その地域へのメリットがありません。ぼくが主に取り上げるのは、地域資源を地域の利益にしていくために、地元が主体となって進めているプロジェクトです。ぼくはそれを「ご当地電力」とか「ご当地エネルギー」と呼んでいます。このコーナーでは、ぼくが取材した全国の取り組みの中から選りすぐりのものをどんどん紹介していきます。どうぞよろしくお願いします。
◆温泉発電ってナンダ?
全国のご当地エネルギーの取り組みから今回ご紹介するのは、長崎県雲仙市にある小浜温泉です。ここでは世界でもまだ珍しい「温泉発電」の取り組みが進んでいます。
小浜温泉では、105°の高温のお湯が豊富に溢れている
温泉発電(※)という言葉を聞いた事がない方も多いかと思いますが、これは地熱発電の一種になります。地熱発電の仕組みは、地中数千メートルの深さの井戸を掘り、マグマが温めた数百度にも昇る熱水から吹き上がる蒸気を利用してタービンを回し、発電するというものです。(※)
この地熱発電は日本は世界第三位のポテンシャルがあるとされていて、多くの可能性があるのですが、開発が難しいという面もあります。調査や掘削にコストと時間が非常にかかることや、適地のほとんどが国立公園に指定されているので規制がかかること。そして地域の温泉組合が反対に回るケースが多い事です。地熱が沸いている所は、ほとんどに温泉があり、組合としては枯渇を心配して反対するわけです。
大分県九重町にある八丁原地熱発電所
そこで出てきたのが温泉発電という方法です。温泉発電は、地熱発電のように地下深く穴を掘るような事はしません。地表近く、もしくはすでに湧き出ている温泉の熱を使って発電する設備で、100℃前後の比較的低温でも発電できます。
温度が低い分、地熱発電に比べると得られる電力はずっと小さくなりますが、それでも開発費用や時間が少なくてすむことや、環境負荷が低いので温泉組合の合意も得やすくなります。仕組みとしては、沸点の異なる2つの液体の温度差を利用してエネルギー得るため、「2つの」を意味する「バイナリー」式発電と呼ばれています。
※日本最大の地熱発電所は、大分県九重町にある八丁原地熱発電所で、2基合わせて出力11万キロワットの発電能力があります。これは、一般家庭にすると約20万世帯分の電力をまかなうことになります。
◆地熱発電に反対した温泉組合
長崎県雲仙市にある小浜温泉は、島原半島西部に位置し、20軒前後の温泉宿が並ぶ小さな温泉街です。ここでは、2004年に行政主導の地熱発電を開発する計画が持ち上がったことがあります。しかし、地元の温泉事業者に相談もなく進めようとしたことから温泉組合から反対の声が挙り、中止に追い込まれました。
小浜温泉エネルギー代表理事の本多宣章さんは、かつて地熱開発に反対した一人
ところが2015年末現在は、その反対運動を担った温泉組合の人たちが温泉を利用した発電プロジェクトを進めています。このような例は全国でも他にありません。なぜ反対から推進に転換したのでしょうか?
小浜温泉では、毎日1万5000トンものお湯が湧き出していますが、有効活用しているのはその3分の2です。およそ3分の1の一日5000トンは、ただ海に捨てている状態でした。それを有効利用したいという思いは、地元の人が共通して持っていたのです。
そこで、2010年から地域の温泉資源の有効利用を考えるための話し合いが始まります。地元の温泉組合に加えて、大学やエネルギーの専門家もそこに加わりました。
発電設備全景(提供:小浜温泉エネルギー)
その話し合いの中から、温泉エネルギーの事業化をめざす「一般社団法人小浜温泉エネルギー」が設立されます(2011年5月)。深く掘削する地熱発電には懸念もあった温泉組合も、すでに湧き出ている温泉を活用できるなと乗り気になったのです。
行政主導のプロジェクトでは対立関係になってしまったのに、地域のニーズに合わせた形で事業化をめざしたことで、地元の人々が主体的に関わることができるようになりました。この小浜温泉の取り組みは、行政が決定して巨額の費用を投じて開発を進め、地元は関係ないという従来のスタイルとは異なり、地域でエネルギーに取り組む事業の新しいあり方を提示しているようです。
◆課題を解決し、事業化へ
小浜温泉エネルギーでは、出力72キロワットの発電設備(神戸製鋼製)を発電所に3台導入し、2013年4月から実証実験を始めました。そこで出た課題を踏まえて、2014年に事業化をめざして洸陽電機という会社が設備を買い取ります。そして、改造工事や系統への連系工事を終えた2015年9月から実際の売電を始めています。
2015年9月、事業運転の開始式(提供:小浜温泉エネルギー)
事業化に際して最大の課題は、「湯の花」と呼ばれるスケール(温泉成分が白く固まる現象)の付着問題でした。特に小浜温泉ではこのスケールの量が多く、スケールでパイプが詰まると、発電効率も落ちてしまいます。事業化する事ができたのは、設備に改良を重ねてこのスケールの付着を少なくする事ができたからです。このスケール対策には、頭を悩ませている温泉街がたくさんあります。もし小浜で課題解決ができれば、他の地域で温泉発電を行う際にモデルとなる可能性が出てきています。
スケールの詰まったパイプ(提供:小浜温泉エネルギー)
まだ売電が始まったばかりなので、まだ先の話ですが、売電収益が順調に積み上がればその一部を地域のために役立てることが、洸陽電機との約束で決まっています。
◆発電プロジェクトからまちづくりへ
小浜温泉エネルギーの佐々木裕事務局長は、実証実験を開始して以降、全国から注目を浴びるようになり、多くの見学者が温泉を訪れていることに手応えを感じてこのように言います。
「プロジェクトの最大の目的は、温泉街の活性化です。そのような意味では、すでに経済効果も出ているので、地元の方には理解していただけるようになってきています。今後は積極的に修学旅行誘致などにもつなげていきたいですね」。
「小浜温泉エネルギー」事務局長の佐々木裕さん
小浜温泉エネルギーではさらに、発電に使った温泉をさまざまな形で2次利用 していく予定です。具体的には熱を活用する植物園の運営や、魚の養殖などの施設を検討しているといいます。また、温泉発電自体も増設して旅館に設置する案も出ています。今後はエネルギーだけでなく、地域の実情に合わせてまちづくりをコーディネートする組織として活動していくことになるでしょう。
佐々木さんは、今後のまちづくりについてこのように思いを語りました。
「やっと事業化までたどり着きましたが、これからが本当の勝負です。単なる発電プロジェクトというわけではないので、ちゃんと地域にメリットのある形を示していくことが大事になってきますね。地元の温泉旅館の方が積極的に関わって温泉発電を成功させ、温泉街が活性化したという事例になれるよう、これからもがんばっていきたいと思っています」。
小浜温泉エネルギーの事務局には若者が集う(提供:小浜温泉エネルギー)
温泉を利用したエネルギープロジェクトは、これまであった「開発事業者対温泉組合」という二項対立の構造を変える可能性があります。小さくてもこのような仕組みが全国にひろがれば、地域に取ってメリットのある新しいスタイルができるのではないでしょうか?皆さんもぜひ小浜温泉を訪れて、プロジェクトの面白さを体験してくださいね。それではまたお会いしましょう!
■小浜温泉エネルギー活用推進プロジェクト
http://obamaonsen-pj.jp/
■マンガ 「活用しよう!温泉エネルギー」
http://obamaonsen-pj.jp/img2/obama.pdf
※ 発電プロジェクトの視察・見学は、小浜温泉観光協会が実施している小浜温泉ジオツアーへ問い合わせを。(小浜温泉観光協会:Tel 0957-74-2672 )
■『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/4005007953
文&写真:高橋真樹(たかはしまさき)
ノンフィクションライター。「持続可能な社会」をテーマに、世界と日本各地をめぐり発信を続ける。著書に『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)『自然エネルギー革命をはじめよう~地域でつくるみんなの電力』(大月書店)、『観光コースでないハワイ』(高文研)など多数。ブログ「高橋真樹の全国ご当地エネルギーリポート!」(http://ameblo.jp/enekeireport/)では、各地のエネルギーシフトの最新の取り組みを伝えている。