#11  「地域の宝」農業用水を活かした、全世帯参加の発電プロジェクト!
–岐阜県・石徹白集落の小水力発電– [前編]

山あいにある別天地、石徹白(いとしろ)集落(撮影:上野祥法)

◆山あいの限界集落で

全国をめぐって自然エネルギーの取材をしている高橋真樹(ノンフィクションライター)です。取り上げるのは、「これぞ地域エネルギー事業」と呼べるようなプロジェクトです。今回の舞台は岐阜県郡上市にある山あいの里、白鳥町石徹白(しろとりちょういとしろ)地区。かつては村でしたが、昭和の市町村合併の際に独立した自治体ではなくなりました。しかし山に隔てられた地域性や、日本三大霊山のひとつである白山信仰の拠点だったという伝統などから、住民は集落に特別な愛着を持って暮らしてきました。

しかし標高の高い石徹白は、最寄りのスーパーまで車で30分かかり、一晩で1メートル以上の雪が積もることもある豪雪地帯です。この50年ほどでの人口減少も激しく、かつて1200人以上いた住人は、現在は273人、113世帯に減少、高齢化率は49.5%という限界集落になっています。このままでは縄文時代から続いてきたとされる伝統ある石徹白集落の存続も、危ぶまれるという状況になってしまいました。


白山信仰と関わりの深い白山中居神社は集落のシンボル(撮影:上野祥法)

そんな石徹白集落では、2007年から始まった水力発電の取り組みをきっかけに、子連れの若い夫婦が移住するなど、活気を取り戻しつつあります。それはいったいどのようなプロジェクトなのでしょうか?

◆みんなが気にかける発電所

石徹白集落で進んでいるのは、小水力発電の取り組みです。「え?水力発電なら知ってるけど…」という方もいると思いますが、小水力発電とは、水力発電の規模の小さい物だと考えてください。はっきりとした定義は難しいのですが、一般的には出力が1000キロワット以下(一般家庭約300世帯分の電気)の水力発電所のことを小水力発電所と呼んでいます。

違いは出力の大きさだけではありません。通常の水力発電所は「ダム式」で、大規模な開発を行い、川の流れをせき止めて行うものです。一方、小水力発電所は川の流れを止めずに、流れの中で発電する昔ながらの水車のような形だったり、川の一部に発電用の水路を造り、発電した後に川に水を戻すスタイルになっています。このような「流れ込み式」と呼ばれるタイプの発電所は、ダム式に比べて環境への負荷も比較的低いとされています。


集落を流れる農業用水路を利用して設置されたらせん式水車(撮影:上野祥法)

石徹白集落では2015年末現在、集落に流れる農業用水を使って最大出力116キロワットの小水力発電所の建設を進めています。完成予定は、2016年の6月なので、もうあと半年ですね。発電した電気は電力会社に売電予定ですが、数字だけで言えば、石徹白集落で使っている電力の100%を越えることになります。

でも、ぼくがすごいと思う点は出力ではありません。この発電所の建設には、集落の全世帯が出資しました。まさに地域全体を巻き込むプロジェクトになっているのです。ぼくは全国で、エネルギーに取り組む地域をめぐっていますが、大抵の場合はいくら「地域ぐるみで取り組んでいる」と言っても、事業について知っているのはやはりエネルギーに関心のある人ばかり。一般の住民はなかなか知る機会がありません。

ところが石徹白では、民宿のおばあちゃんからカフェの店員さんまで、建設会社のおじさんまでどれくらい詳しいかは別にしても、皆が完成を楽しみにしています。こんな地域は他にありません。それもそのはずで、みんなが出資しているから、当然気になるというわけですね。でも、この集落の人たちがもともと発電事業に関心が高かったわけではありません。この小さな集落に何が起きたのでしょうか?

◆「地域の宝」を活かす試み

石徹白集落で、小水力発電を試してみたいと考えたのはNPO法人「地域再生機構」の平野彰秀さん(40歳)でした。岐阜市出身の平野さんは東京で経営コンサルタントをしていたこともありますが、「これからの日本は、地方が活性化しなければ成り立たない」と感じていました。


平野彰秀さんと、2011年に完成した上掛け水車(撮影:多賀秀行)

そして、2007年からこの地域の可能性を感じて頻繁に通うようになり、2011年に家族を連れて移住しました。そして地元でまちづくりを手がけるNPO法人「やすらぎの里いとしろ」と協力して、小水力発電の調査や研究を手がけます。地域のエネルギーを少しでも自給する事を目指して、農業用水路を利用した3つの小さな発電機を設置していきました。

地域を流れる農業用水路は、石徹白の人にとって特別なものでした。高地にある石徹白では、明治時代まで米作りができなかったので、当時の人々が3キロ上流の川から手作業で土木工事をして水を引き込んだのです。重機もない時代に、山林に水路を築くのは相当な苦労のはずです。その集落の宝とも呼べる水路の整備や掃除には、地域の全世帯から人を出すなどして、今まで大切に継承されてきました。

平野さんたちが用水路で水車の取り組みを始めた当初、「自然エネルギーで地域を活性化する」というイメージが伝わらず、集落内では「農業用水路を使って遊んでいる」と言われたこともあります。流れが変わったのは、2010年に上掛け水車(出力2.2kW)ができてからです。

◆水力発電所が生んだ変化

まずは上掛け水車が生み出した電力により、隣接する農産物加工場を動かし、石徹白の名産品であるトウモロコシの加工品づくりがスタートしました。この農産物加工場は稼働率が低く、停止していたので再稼動する良い機会になりました。


石徹白のトウモロコシと蜜柑を原料にした加工食品(撮影:高橋真樹)

また、懐かしい木製の水車を住民が手づくりで運営している事が評判となり、見学者が訪れるようになりました。特に2011年の東日本大震災が起きた後からは自然エネルギーへの関心が高まったこともあり、人口270人にも満たないこの集落に、年間500人以上の見学者が訪れるようになったのです。

さらに見学者が食事をする場所がなかったので、地元の主婦が中心となり「くくりひめカフェ」の運営が始まります。ちなみにくくりひめというのは、集落の象徴になっている白山中居神社に祀られている白山の神様「菊理媛神(くくりひめのかみ)」が由来となっています。


くくりひめカフェ(提供:平野彰秀)

これらの取り組みが活発に行われた事で、石徹白を訪れる人が増え、都会とはまったく違う魅力を持つこの集落に関心を持つ若い世代が移住してきました。小水力発電の活動をはじめて以降、子連れの若い移住者は6世帯、17人も増えた。その後も平野さん家族を含めて集落内で産まれた子どもが5人もいます(2015年12月現在)。地域資源を活かした水力発電への斬新な取り組みが、結果として地域最大の懸念だった、子どもを増やす事につながりました。それによって、当初は発電プロジェクトに関心が薄かった人たちも、改めて地域資源の持つ可能性や、自分たちの集落の魅力について見直すようになったのです。

■石徹白公式ホームページ
http://itoshiro.net/

[後編]に続く。


文:高橋真樹(たかはしまさき)
ノンフィクションライター。「持続可能な社会」をテーマに、世界と日本各地をめぐり発信を続ける。著書に『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)『自然エネルギー革命をはじめよう~地域でつくるみんなの電力』(大月書店)、『観光コースでないハワイ』(高文研)など多数。ブログ「高橋真樹の全国ご当地エネルギーリポート!」(http://ameblo.jp/enekeireport/)では、各地のエネルギーシフトの最新の取り組みを伝えている。

■『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/4005007953

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